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三条市大字井栗は、「勇礼」や「伊久礼」として、今から千年以上も前からあった地名であることを前に説明しました。今回は、日本で最も古い歌集である『万葉集』によまれている「井栗の藤」について話してみましょう。

その「井栗の藤」をよんだ歌は、こんな短歌です。妹が家に 伊久里の森の藤の花 今来む春も 常かくし見む これが『万葉集』巻17の中にあり、大原高安真人という人がよんだ歌です。その歌の「伊久里の森の藤」というのが、三条市の井栗にあった藤のことではないか、と言われています。
江戸時代の今から220年ほど前に井栗の松川重行という人が書いた記録によると「井栗の藤は、昔は非常に遠くまで枝がはっていて、村の人たちが雨やどりをしたり、花が咲くころは遠くから見物にきたものだ。」と述べてあります。現在もその何代目かになる藤が井栗の村はずれに生えていて、そこが「藤の木」という地名になっています。
しかし、『万葉集』によまれた「井栗の藤」が三条市のものであったかどうか、という疑問もあります。例えば、富山県砺波市の近くに井栗という地名があり、『万葉集』を編さんした大伴家持は越中守(今の富山県知事のようなもの)だったことがあります。また、歌をよんだ大原高安真人は山城国(今の京都府)の人のようです。「伊久里」は特定の地名ではなかったのではないか、という説もあります。しかし、「井栗の藤」は、三条市の文化財に指定してありますので、それは「万葉の藤」なのでしょう。(平成5年10月)
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